オタパパブログ!

オタクのパパの日常

ヴェルビン(ナの国近衛騎士団長仕様)に関する考察

どうもどうも。三度の飯よりダンバインが好きなボクです。突然のカラバリヴェルビンに驚愕した方々も多いことかと思います。ボクもその一人なんですが、素直に大喜び…というわけにはいかず。正直言えば「なんだこれ? 知らんぞ、こんなオーラバトラー…」という困惑が大きい。

なんとなく納得いかないままだとスッキリしないので、資料を再検証してみようという記事です。

疑問点

製品ページを見て、疑問に思った点は大きく3つ。

  1. なぜナの国なのか。ヴェルビンはアの国では?
  2. ナの国近衛騎士団長仕様とはどういう意味か?
  3. 「ある聖戦士に捧ぐ」とはどういう意味か?

記憶違いでなければ、ナの国という設定はなかったはずです。それに、ナの国近衛騎士団長仕様なのにある聖戦士ってなんだ? ショウは近衛騎士団長じゃないし、ショウクラスの聖戦士じゃないとヴェルビンは動かせないぞ…謎は深まるばかりです。

ということで本棚から引っ張り出した資料がこちら!ドン!

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ダンバインの資料としてはこの二つは避けられない。『AURA BATTLERS AURA FANTASM(以下オーラファンタズム)』と『聖戦士ダンバイン ノスタルジア(以下ノスタルジア)』です。猫は資料ではありません。検証にはこの二つの資料だけを使います。

検証の前のおさらい

検証に入る前に、ダンバインスパロボでしか知らない方も多いでしょうから、前提をざっくりと確認していきます。詳細はWikipediaダンバインの項目を読んでもらうとして…

聖戦士ダンバインは1983年のアニメです。ちなみにガンダムは1979年、ダンバインの前番組はザブングル、後番組はエルガイムです。スパロボ好きにはお馴染みの名前ですね。

番組開始当初のスポンサーはクローバー、途中でクローバーの倒産によりバンダイとトミーに引き継がれます。このクローバーが作品全体に大きな影響を与えることになります。

当時のアニメは基本的に玩具販売と一心同体であり、スポンサーである玩具メーカーの意向は非常に強く反映されていました。玩具の販売不振は作品の方向性に影響し、最終的には打ち切りになる。あの初代ガンダムですら初回放送時はおもちゃが売れず52話→42話で打ち切りなので、そういう時代だったのです。

さて、ダンバインに関しても玩具販売は振るいませんでした。となれば、メーカー側としては売れるロボットを出せ、ということになるわけです。生物的なフォルムのダンバインでなく、もっとメカっぽく、玩具として売れるものを!

そうして生まれたのがビルバイン、後半の主役機です。一応、飛行形態であるウイングキャリバーに変形すると鳥のようになりますが、明らかに世界観に合わない「ロボット」になってしまいました。ところが、当のクローバーはビルバインの登場を待たずして、1983年8月に倒産してしまうという。ショッギョムッジョ!

さて、そんな悲劇の機体ビルバインですから、当時のデザイナーさんたちの抵抗の跡であるところの色々なバージョンがあるわけです。順番にいくと、湖川版ビルバイン(ボツ)→出渕版ビルバイン(準備稿)→ビルバイン(決定稿)→出渕版ビルバイン(ボリュームUP)→ヴェルビンです。それぞれのデザインラフは『オーラファンタズム』に掲載されていますが、なにぶん現在は入手困難な書籍なので、どうしても見たければまあ頑張ってください。ヴェルビンのデザインラフは、プレミアムバンダイ製品ページで見ることができます。

アプローチ1:資料を再検証する

さて、前置きが長くなってしまいましたが、最初にして最大の疑問、ヴェルビンはナの国のオーラバトラーなのか?

『オーラファンタズム』のヴェルビンのページから解説文を引用します。

アの国でのオーラバトラー開発の流れは当初、重攻撃型のドラムロと高機動型のダンバインから始まった。その後多く新技術や実験、改良を加え、重攻撃型はマサラグ、レプラカーンを踏んでズワースに到達した。一方、ブラウニー、ビランビーという過程を踏んで高機動型の究極に達したのがこのヴェルビンである。

『AURA BATTLERS AURA FHANTASM』p.22

ヴェルビンに関しては、本編放送終了後のものなので、解説としては上の引用文が全てです。やっぱりアの国じゃんか! 「アの国での〜」がかかるのが最初だけで、2文目以降がすべて国籍問わずオーラバトラー開発史全体を指していると読むのは無理があります。それなら、重攻撃型にはビアレス(クの国)、高機動型にはボチューン(ラウの国、ナの国)あたりも触れられているべきでしょう。

次に、オーラバトラー開発史を確認します。図を文章化するのがなかなか難しいのですが…

まず、『オーラファンタズム』では、オーラマシン進化系統樹として、ゲド(ア)からドラムロ(ア)とダンバイン(ア)に分岐し、ドラムロ(ア)→ビランビー(ア)→レプラカーン(ア)→ライネック(ア)→ズワァース(ア)というルートと、ダンバイン(ア)→ボチューン(ナ)→ビルバイン(ナ)というルートが書かれています。なお、バストール(ア)はビランビーとレプラカーンの間で分岐し終点、ビアレス(ク)はレプラカーンから分岐しズワァースに合流、またダーナ・オシー(ギブン)→ボゾン(ラウ)はボゾンからボチューンに矢印が伸びています。

この図は、高機動型のライネックやバストールと重攻撃型のドラムロやレプラカーンが同じライン上に並べられていることと、括弧書きで国名表記までしてアの国とクの国、ラウの国とナの国で分けられていることから、陣営ごとの進化樹を示していると見て間違いないでしょう。どちらかというと登場順に近い。

次に、『ノスタルジア』では、オーラマシン開発系統図として、ゲドからドラムロとダンバインダーナ・オシーに分岐します。こちらでは「機動性重視」としてダンバインビランビー→バストール→ライネックのルートと、「重装甲・火力重視」としてドラムロ→レプラカーン→ズワァースのルートが書かれています。なお、ビランビーからはビアレスとレプラカーンに、ビアレスからはライネックとズワァースに矢印が書かれています。ビルバインに至るルートは、ゲド→ダーナ・オシー以外はオーラファンタズムと同一です。

どちらかというと、『ノスタルジア』の図の方が資料としての正確性は高そうです。クの国独自開発のビアレスにビランビーから矢印が出ている点と、アの国のズワァースにビアレスから矢印が出ている点は多少気になりますが、表立っては同盟国同士の技術交流、裏ではガロウ・ランのスパイ活動と想像できなくはない。なお、『ノスタルジア』の図には国名表記はありません。

さて、困ったことにヴェルビンの解説文と『ノスタルジア』の開発系統図が真っ向から対立してしまいました。というより、『オーラファンタズム』の図が使えないので、本編準拠のノスタルジア図に載ってないのは当然というか。アプローチを変える必要がありそうです。

アプローチ2:ヴェルビンとは何かを考える

開発史から攻めることに失敗したので、そもそもヴェルビンとは何かというところを掘り下げます。

大前提として、初出は『オーラファンタズム』で間違いありません。本編はもちろん未登場、「ヴェルビン」という名前と姿が公になったのも放送終了後です。

では今日、出渕版ビルバインと称されている根拠は何か?

これは、『オーラファンタズム』p.91にも掲載されているデザインラフの出渕版ビルバイン(準備稿)にヴェルビンの面影があることと、ヴェルビンのフォルムからダンバイン系であることが容易に推測できること、この2点であろうと考えられます。

先に引用した通り、当のヴェルビンの解説文にはダンバインから始まった高機動型の最終形である旨は書かれていますが、スポンサー都合がなければビルバインになるはずだったものである等の直接的な表現はされていませんし、ボクの知る限り出渕氏本人のその趣旨の発言は記憶にありません。ただし、『オーラファンタズム』に収録されているクリエイター対談やノスタルジアビルバインのデザインラフの項目等、挙げればキリがないほどに、「出渕版ビルバインとも言われるヴェルビン」の類の表現が掲載されていますので、当時からヴェルビン=出渕版ビルバインが一般的な認識であったことは確かです。氏がヴェルビンについて公に何も発言していないのも、特にする必要がなかっただけかもしれませんし、記録に残っていないところではそのように発言していたかもしれませんが、推測の域をでません。

まあ、氏のビルバイン嫌いは下記の通りなので、「ヴェルビンが自分にとってのビルバインだ!」くらい言っていてもおかしくはないです。『ノスタルジア』のスペシャルインタビューの中の、PSゲーム『聖戦士ダンバイン』プロデューサー、バンダイの稲垣氏へのインタビューより引用します。

ダンバイン派のほうが多いんですよね。開田さんもそうでしたし……。

稲垣:でしょうね。だって異端なんですよ、ビルバイン派は。だってアレですよ、出渕さんに今回、ゲームのパッケージをお願いしたときに「ビルバインじゃないですよね」「ええ」って(笑)。そういう意味合いのね、正確な言葉じゃないですよ。

─嫌いなんじゃないですか?

稲垣:そうかもしれないですね(笑)。(以下省略)

聖戦士ダンバイン ノスタルジア』p.204

うーん、しかし、ヴェルビンについてもたいした資料的裏付けが得られません。ああだこうだ考え始めてもう3日経ったよ!

アプローチ3:設定から推測する

ヴェルビン本体の掘り下げにも失敗したので、もはや設定的辻褄合わせから妥当性を検証するくらいしかアプローチがありません。

まずは『オーラファンタズム』のヴェルビンの解説文を根拠にする、アの国のオーラバトラーとする説。

ダンバインはアの国のオーラバトラーなので、その系譜として登場することに不自然な点はありません。オリジナルの深緑基調の地味なカラーリングもアの国らしい…というよりビルバイン的でない。オーラバトラー本来のカラーリングです。『ノスタルジア』では本編における高機動型の最終形に位置付けられているライネックとほとんど同じカラーリングであることも、アの国のオーラバトラーとする説を補強する材料にできそうです。

一方で、ヴェルビンをアの国のオーラバトラーとした場合、一般的認識のヴェルビン=出渕版ビルバインという解釈との辻褄合わせが大変です。玩具不振の影響はビルバインだけでなく、ストーリー全体にも及んでいて、バイストン・ウェルから地上に出るところもその一つですから、そういったテコ入れが行われずに当初の構想通りに進んだ場合の可能性、というところでしょうか。

とはいえ、なんといっても解説にアの国と書いてあるのだから、資料的裏付けの強さはこちらに分があります。

次に、実際の製品名と一般的認識のヴェルビン=出渕版ビルバインから、ナの国のオーラバトラーとする説。

この場合、検証らしい検証も、裏付けすらも必要ないかもしれません。なにしろ製品名がナの国近衛騎士団長仕様ですし、それを命名したのは創造主である出渕氏だというのです。ヴェルビン=ビルバインであれば、開発系統のビルバインの位置にヴェルビンを置くだけのこと。ラウの国とのボチューン共同開発によってナの国のオーラバトラー生産技術も上がっていますし、本編には登場していませんが、アの国以外のオーラマシン技術の急速な発展にはアの国のショット・ウェポンにあたる地上人の技術者が各国に関わっていることが資料にも示唆されています。むしろ重火器マシマシのビルバインよりも設定上オーラソードしか持っていないヴェルビンのほうが、ナの国やラウの国のオーラバトラーらしい軽装と言えなくもない。テコ入れはストーリーだけで、ビルバインのデザインは死守できていたなら、地上界でヴェルビン的なビルバインか、ビルバイン的なヴェルビンが暴れていた可能性はある…かもしれません。

ただ、ナの国のオーラバトラーと断定するには、ヴェルビンそのものの解説文が間違いだと否定しなければならない。アとナの誤植程度であればあり得る話ですが、文章自体はどう読んでもアの国だと言っているので、解説文すべてが間違い、または設定が変わったと結論づけなければなりません。出渕氏本人ならともかく、一ファンの立場でそれは恐れ多い…。

さあ、いよいよ困った。4日もヴェルビンのことばかり考えていたのに結論が出せません。こうなれば最後の手段です。つまり…

アプローチ4:諦めて都合のいいストーリーを捏造する

資料的にも背景的にも、今回のネーミングを裏付けることができませんでした。斯くなる上は、調べ上げた設定から自分を納得させるための辻褄合わせストーリーをでっち上げるしかありません。即ち…

ヴェルビン(緑)はアの国のオーラバトラーであり、ダンバインから始まった高機動型の究極である。アの国で開発、生産されたが、コモンでは新型オーラ増幅器を用いても必要オーラ力に達しないため、一般兵にも比較的扱いやすいライネックが量産された。一方、試作に留まっていたヴェルビン(緑)は、ゼラーナ隊を擁するナ・ラウ連合軍により奪取され、ナの国でカラーリングの変更を含むチューンナップを施された上で、ヴェルビン(紅白)としてショウに贈られた。その際、近衛騎士団長に匹敵する活躍を期待する意味を込めて、ナの国近衛騎士団長仕様と命名された…

創造主の言うことを否定できない以上、アの国とナの国のヴェルビンを同時に成立させるにはこれしか思いつきませんでした。苦し紛れではありますが、本編の高機動型最終形のライネックを絡めて説得力アップを図ったり。「ナの国近衛騎士団長仕様」という謎の名前も、奪取した敵国のオーラバトラーを塗り替えただけで本国の旗機にするわけにもいかないし、ナの国近衛騎士団にはナの白き護りことボチューン(白)があるし、そもそも近衛騎士団長だろうとコモンではまともに動かせないヴェルビンを、唯一動かせそうな無所属のゼラーナ隊の聖戦士であるショウに押し付けつつ恩も売って働かせようという、大国らしいしたたかさがあると思えてきました。全部妄想だけどな!

おわりに

如何だったでしょうか。

え? それで結局買うのか買わないのかって?

予約してから書いてるに決まってるでしょうが! 神の言うことに間違いはないんだよ!

以上です。

【Mac版】iTunesのバックアップ保存フォルダをPC本体からNASに変える方法

どうもどうも。備忘録的なことも記事にしてしまおうというアレです。

ボクの現在のメインマシンはMacBook Proなんですが、記憶容量は250GBのSSDなので、本体にiPhoneやらiPadやらのバックアップを保存しておく余裕はまったくないのです。

そんなわけで、バックアップはNASに保存すればいいやと思って設定なんかを見てみたんですが…ない。ないです。保存先を指定できない!

アッポーが何を考えているのかわかりませんが、とにかくiTunesの設定でバックアップの保存先を指定することはできない様子。

とはいえ何かしらやり方はあるだろうと検索してみたら、どうやらシンボリックリンクなるものを使えば簡単にできちゃう的なサイト多数。

やってみた。できました…なら記事にしない。ということで、再インストール時に迷わないようにまとめておく。

NASでなくても、外付けHDDとかUSBメモリとかでもできると思うので適当に読み替えてください。

 

用語のざっくり解説

Windowsを捨ててMacに転向したばかりのボクにはターミナル?エイリアス?という感じだったので、そのあたりから。知っていれば読む必要はないです。

  • ターミナル

Windowsでいうコマンドプロンプト。よくわからない呪文を言われた通りに打ち込むとなんかいい感じになるやつ。

Windowsでいうショートカット。名前がかっこいい。

エイリアスと似てるけどちょっと違う、なんか強めのショートカット的なやつ。今回はこれを使う。初めて聞いたと思ったけど、実はWindowsでも使えるらしい。

Aという場所に、触るとBに飛ぶワープポイントを作るのがエイリアス

Aという場所に、勝手にBに飛ばされるトラップを設置するのがシンボリックリンク

 

やること

iTunesでは、iPhoneなどのバックアップを(ユーザ名)⁩/ライブラリ/Application Support/MobileSync⁩/Backup の中に個別のバックアップファイル用フォルダを作り保存するので、このBackupにターミナルでシンボリックリンクを作成し、NASの保存先に飛ぶようにすればよい。

手順としては、

  1. NASにPC本体のBackupフォルダをコピー
  2. ターミナルを起動
  3. 「ln -s 」(エル・エヌ・半角スペース・ハイフン・エス・半角スペース)と入力
  4. NASのBackupフォルダをターミナルにドラッグ&ドロップ(またはパスを入力)
  5. 半角スペースを入力
  6. PC本体のBackupフォルダをターミナルにドラッグ&ドロップ(またはパスを入力)
  7. コマンドを実行

これだけ。

こう書くと簡単そうなくせに、うまく行かないのなんの…。

以下、ボクがつまずいたポイント。

つまずきポイント

  • (ユーザ名)の中にライブラリがない!

ライブラリは隠しフォルダになっているため、通常は表示されていない。

Shift + commandキーを押しながら、 .(ピリオド)を押すたびに表示のオンオフが切り替わる。

 

  • Backupフォルダがない!

iTunesで一度もバックアップを作成していないとフォルダ自体がないっぽい。とりあえず適当に一度バックアップすればできる。

 

  • Operation not permitted と表示される!

OSのセキュリティ機能(SIP)がオンになっているために実行できない。

ターミナルで「csrutil status」と入力してエンターを押して、「System Integrity Protection status: enabled.」と表示されたらこれが原因。

一度Macの電源を落とし、command + r キーを押しながらMacリカバリーモードで起動、画面上部のバーから「ユーティリティ」を選択、ターミナルを起動し、「csrutil disable」と入力してエンター。

再起動すればSIPがオフになる。

 

  • No such file or directory と表示される!

そんなファイルとかフォルダねーぞって言われてる。PC本体側のバックアップフォルダをドラッグ&ドロップした場合、「〜/Library/Application\ Support/MobileSync」になるんだけども、「Application\ Support」の「\(バックスラッシュ、逆スラ)」を消したらいけた。

 

  • File exists と表示される!

NASにコピーしたBackupフォルダを、PC本体側にもそのまま残しておいたのがダメだったみたい。とりあえず「Backup_」とか適当にフォルダ名を変えたらいけた。

 

以上、参考までに。

おしまい!

ドライブレコーダーの比較検討【2018年10月時点】

どうもどうも。6年前の雪の日に5メートル先で郵便屋さんのバイクが転倒して危うく轢きかけてドラレコ設置したオタパパです。

そんなこんなで我が家の日産ノートちゃんにはドラレコが設置されているのですが、如何せん調子が悪い。10分〜15分の近場の運転ではそもそも録画開始しなかったり、30分くらい運転していても再起動を延々繰り返していたり…レコってない!レコってないよコレ!!

そんな折に6ヶ月点検に持っていった母がディーラーにふと聞いてみたところ、もう寿命かなあ、修理して使おうとするより性能もかなり上がっているので新しいのに変えた方がいいかもしれないと言われたそうで。

オートバックスで取り付けたのに見てくれる日産ディーラーやさしい…ということで検討開始!

 

現況確認

現在取り付けているのが、CELLSTAR(セルスター工業株式会社)のCSD-250。スペックはこんな感じ。抜粋して引用。

視野角:120°

録画画素数:30万画素

引用元:CSD-250 セルスター工業株式会社

 

続いて、日産のディーラーさんにもしウチで取り付けるなら、と勧められたのがJes(株式会社日本電機サービス)のMIRUMO eye DRC-310。スペックはこんな感じ。こちらも抜粋して引用。

画角:視野角147.7 度、 垂直62.1 度、 水平120.7 度

録画解像度:Quad HD(1440P/27.5 fps)/Full HD(1080P/55 fps)・(1080P/27.5 fps HDR

引用元:日本電機サービス MIRUMOEYEドライブレコーダー 主な機能説明

 

このメーカーは主にディーラー向けで、一般的にはあまり流通していないようだ。正式な見積もりではないが、まぁザックリ本体+取付工賃で3万円ちょいとのこと。ふーむ、なかなかの値段だこと。

さっそくQuad HDだのわからない単語と書き方の違いでなんだかよくわからないが、とにかく現在のCSD-250がもう古いっぽいということだけは伝わってきた。

 

比較対象の検討…の前に

さてサクッと対抗馬をピックアップしたいところだが、ドラレコについては全く門外漢なので、インターネッツで今の流行を調べてみるとどうやらコムテック、ユピテル、ケンウッドでシェアの7割を占めているらしい。

余程こだわりのあるジャンルでなければ長い物に積極的に巻かれていく主義のボクはこのあたりからチョイスしてみようというわけ。

とりあえず「ドライブレコーダー おすすめ 2018」あたりの検索結果をテキトーにいくつか流し見した結果、商品を絞った具体的な検討に入る前にいくつか決めなければいけないものがあるようだ。それが…

  • 録画の方向:前だけか、前後か、360度か?
  • 録画の画質:何百万画素必要なのか?
  • 本体形状:カメラ+レコーダーの一体型か、分離型か、ルームミラー型か?
  • 必要なオプション機能:駐車監視、衝撃検知、LED信号対応、レーダー探知機一体型など

あたりだろうか。

価格はピンキリだが、安いもので5千円程度から高級機で3万円くらいのようだ。いま勧められているJesのDRC-310は高級機ということか。道理で機能全部盛りなわけだ。

 

録画の方向について

一つ一つ検討していこう。以前はドラレコといえばフロントだったと思うが、最近は例のあおり運転の件やらで前後、あるいは左右も念のため、という考え方もあるようだ。

はて、ドラレコって以前は気休めにはなるが証拠としてはいまいちという話だった気がするが、最近は変わったんだろうか。ということで調べてみると…

ドライブレコーダーの活用について|警察庁Webサイト

事業用自動車の安全対策:自動車総合安全情報

相変わらず警察庁国交省も「ドラレコつけて(自分の)安全運転意識を高めましょう」的なことしか言っていない。

さらに調べていくと、オートバックスに興味深い記事があった。引用する。

ドライブレコーダーの映像は、裁判において「決定的な証拠となる」と考えている方が多いです。しかしながら、実際には証拠能力があるかどうかは「裁判官にゆだねられる」と言われています。つまり、映像が残っているからといって必ず裁判に勝てるわけではないのです。

また、保険の決め手となると過失割合を決めるのは警察や裁判所ではなく「保険会社」です。過失割合は過去の「判例(はんれい)」に基づいて決められる、ということも覚えておきましょう。

 

なるほど。要するに、事故りました。相手が悪いです。でも相手は「自分は悪くない」と言っています。というような状況下において、相手のウソを暴くための動かぬ証拠としてドーン!と突きつけるもの、ということになる。

であれば、もともと余程こちらがおかしなことをしていなければ過失割合10:0になる後ろを見張る意味は、念のため/安心のためというところ以外ではあまりなさそう。

以上のことから、今回は前だけで良い、という結論に至った。

 

録画の画質について

前述したとおり、ドラレコで録画をする意味とは、表向きには「録画しているというプレッシャーで安全運転する」ということなのだが、裏ではセッセといざという時に相手に突きつけるためのカード作りをしているということ。

であれば、可能な限り鮮明で、誰の目にも明白な動画というカードでなければ意味がない。「なんだかボヤけててよくわかんないッスね」と言われては無意味なのだ。

以上のことから、最低でもフルHD以上で、できるだけ良いものを選ぶ、という結論。 

また、録画できる範囲も広ければ広いほど良いので、画角(水平・垂直・対角)もできるだけ広いものを選ぶ。

 

本体形状について

続いて本体形状について検討する。現在のCSD-250はいわゆる分離型というもので、同メーカーのレーダーの画面の半分にドラレコ録画を表示リアルタイム表示している。いや、していた。

レーダーは健在なので、今回ドラレコの形状はなんでもいいのだが、ルームミラー型はなんかカッコイイしスタイリッシュでイケててナウい感じがするものの、複数ドライバーが運転する車には向かない。そう、ミラーを調整すると録画する方向がズレてしまうのだ。

従って、形状は選択肢が一体型しか残らない。あっさり。

 

必要なオプション機能について

これは各メーカー機能名が違うだけでだいたい中身は一緒。駐車中にぶつけられたときに衝撃を検知して録画を開始する機能とか、LED信号を鮮明に映せる機能とか、ドラレコにレーダーもついちゃうとか。

色々あるに越したことはないが、ウチの場合はレーダーが別にあるので、ドラレコ側のレーダーはなくてもよい。どちらかというと衝撃検知やLED信号対応など、いざという時の武器になる機能は必要だなあという結論。

 

ようやく製品比較…が…ダメッ…!

ということで概ね方針は決まった。おすすめドラレコに値段も書いてあるし…値段? Amazon? Amazonで買って誰が取り付けるの…? 

あ、うん、無理。

そもそも工具もないし、素人がスマホでネットの記事参考にしながら車の電源系いじるなんて怖すぎるでしょ…。

ということは、オートバックスなりイエローハットなり、カー用品チェーンで取り付け込みで買うか、別で買ったものを取り付けてもらうかしかないわけだ。

工賃いくらとは明記されていないものの、店舗購入品で5千円〜、持ち込み品で1万円〜くらいの相場感らしい。

そんなわけで各社サイトを眺めていると、オートバックスにコミコミセットなるものを発見!

ううむ、特段メーカーや機種にこだわりもないし、スペックと価格のバランスを考えると、実質この中にしか選択肢がないな…。

 

今度こそ!製品比較

3度目の正直でようやく製品比較。あれこれ項目を増やしても仕方がないので、ボクにとって必要な要素、画質/画角(水平・垂直)/価格に絞って比較する。

視野角はすなわち録画できる範囲に直結するので追加。オプションはコミコミセット対象の製品なら最低限必要なものはついているので割愛。

価格差が付属microSDカードの容量によるところが大きいので、16GB付属品を対象とした。

 

メーカー 型番 素数 水平 垂直 価格
セルスター CSD-250 30万 120度 使用中
ユピテル SN-SV70c 207万 141度 74度 29,446円
ケンウッド DRV-230 207万 100度 52度 19,726円
ケンウッド DRV-630 368万 102度 58度 28,366円
コムテック HDR-75GA 207万 136度 70度 25,992円
日本電機 DRC-310 368万 121度 62度 約30,000円

こうして見ると、値段が安いのは安いなりのスペックだとわかるなあ。

素数は207万と368万では1.77倍も違うので、207万画素のものに画角1位のものがあるが、ここは368万画素を選びたい。すると…

日産ディーラーおすすめの日本電機のMIRUMO eye DRC-310が、画素数は同じ、オプション機能も同程度でケンウッドのDRV-630より水平で19度も広い。

ということで、日産ディーラーにお願いすることに決定!

 

おわりに

比較しても、言われるまま日産ディーラーで取り付けても結果的には一緒だったが、比較検討した結果ドラレコの知識も増えたし、何よりちゃんといい製品を勧めてくれていることがわかって、今まで以上に日産ディーラーの信頼度がアップしたのでまあよかったかなあ。

取り付けた製品のレビューなんかは、気が向いたらそのうち。

おしまい!

出産のこと

どうもどうも。台風直撃の中で長男が産まれたボクです。いやホント、8月としては観測史上最大の十二時間降水量だったとか。嵐を呼ぶ男です。

さて、前回、前々回で妊娠中のことは書いたので、いよいよ平成30年8月31日、誕生の日です。れっつごー!

7:00 通勤中

妻から配布石40連でSSR3つ引いた的なLINEがくる。うらやましい。確率高いうちに勝ち逃げするのだ、などと応じつつ、ふと昨日の受診時のお腹グリグリマッサージでお腹痛くならなかったのかを聞いてみた。

「今痛いねん」

マジか。これはとうとう、とうとうなのではないか。

朝ごはん食べたらシャワーして病院に電話してみる予定とのこと。

9:00

今病院向かってるとこ、とのLINEとともにきた写真がコチラ。

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どう見ても陣痛です本当にありがとうございました。

しかし陣痛の中ガチャ引いたり朝飯食ったりできるもんなんだな…と思っていたら、妹も陣痛来て入院してから10時間くらいマンガ読んでたとか。

間隔が長いうちはグーっと1分くらい痛み、しばらく間が空き、また痛み…という繰り返しで、この間隔が10分間隔になったらすなわち陣痛とのことだが、合間合間は痛みも(あまり)なく、比較的フリーらしい。

このあたりのことは以下の国立成育医療研究センターの記事が医学的に正確かつマンガ+解説で非常にわかりやすいので、一読しておくと非常に役立つと思う。

www.ncchd.go.jp

今から思えば妻の場合、陣痛の開始あたりは睡眠に重なっていたんだなあ。ラッキーなのか、なんなのか。

なおこの時間にはすでに現地は土砂降りで、ワイパーが追いつかないくらいの視界不良っぷりだったらしい。

職場に状況を報告。業務開始していたので、やらなきゃいけないことだけ引き継いで早退することにした。

10:00

どのくらいの時間的猶予がありそうか? 今日の朝6時が陣痛開始だから17時間かかるとして23時、24時間かかるとしたら明朝6時…などとLINEをしていたが、そろそろキツくなってきたから携帯切るとのこと。がんばれ。

11:00

急いではいるもののなかなか抜け出せず焦るばかり。目標は12時フィニッシュ…できるといいが。

12:00

おおよそ片付いてきたがまだ抜けられず。ポケットの中でメール着信のバイブを感じて見てみると…ん、義母から…

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!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!?

 

 

 

え、ちょっと何言ってるかわからないんだけど…誕生? 早くて23時くらいに産まれるボクの予定だったマイベイビーのこと? ん? いま何時? 知らない間に時間が加速した? スタンド攻撃を受けている!? あ、あ、あいふぉーん!!

 

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産まれてた。

が…ダメっ…! いま産まれたなんて職場で言ってしまったら、「なら早退しなくても、行くのは明日でいいよね」になりかねない…! 沈黙っ…!

ということで気配を消しながらそそくさと職場を退散しつつ外ですぐに義母に電話。なんか「もしもし? え、あ、産まれた? いやハハハ、え、本当に?」みたいになった。義母も笑ってた。

いやしかし…初産なのに6時間半で産まれるとはなんというか…。

13:00

早足で帰宅しつつ方々に連絡。誰に言っても「は?」みたいな反応をされる。ボクが一番「は?」だよ! 「は?????」くらいだよ!!

移動中に新幹線のチケットを予約しようとするが、「17:10発⇨19:20着」の表示を見て母に「このかがやき、おそっ! 富山まで3時間10分もかかってる」とLINEするなど謎の言動を繰り返し周囲を困惑させる。息子よ、父は算数ができなくなってしまった。

とりあえず自分と母の二人分、17:10発の新幹線を予約する。父母の実家が富山、妻の実家が石川なので、富山の母実家、つまりボクにとってのばあちゃんち、を滞在中の拠点にする作戦である。

14:00

帰宅。母と合計20回くらいイヤびっくりしたなあとか言いつつ準備。いやびっくりしたとしか言いようがない。

15:00

復活した妻からLINEがくる。マジカルミライごめんなあとか開口一番に言うので笑ってしまった。毎年行っているライブだが、今年は事情が事情なので行けたら行こう的にチケットを取っていたのである。しかし、参戦していないのにマジカルミライ2018は一番記憶に残るだろうというのは面白い。8月31日は初音ミクと同じ誕生日だと言われて気づく。やはり運命の子か…。

なおボクの「こんなツルッと産まれるものか」という発言に対し「ツルッて言うけど相当しんどかったからね」と指摘が入る。母と妹からも「そりゃそうだ」「そりゃそうだpart2」との追撃を受ける。失言ですよ! 後に続くお父さん予定の方は、ハイテンションになってくれぐれも口を滑らせないように。

16:00

家を出て駅に向かう。小雨。移動中もいやびっくりしたと言い続けるボク。

17:00

新幹線乗車。ようやく落ち着いて算数ができるようになるが、こんな状態のやつに任せられんと運転NGがでる。まあ、そりゃそうだ。能登の病院までの運転は母に任せることにする。

19:00

富山着。叔母に迎えに来てもらう。叔母の車でとりあえず祖母宅へ。どこかからカエルが降ってきてフロントガラスに張り付いたので赤信号の隙に逃がしてやったりするのが富山クオリティなのだ。

21:00

なんだかんだしていたらあっという間にこんな時間である。雨は多少降っているが行けないことはない、ということで病院に向かう。面会時間は過ぎているが、吉事なのでまあそこまでうるさいことは言わないとのこと。話がわかる病院だなあ。

22:00

すでに降雨は弱まっていたが、能越道が一部通行止めになっていて迂回を余儀なくされる。強風+夜間+初見で海沿いの国道はこわい。予定より時間がかかったものの、無事病院に到着。

22:45

病室着。妻は元気だが、疲れ切っている様子である。そりゃそうだろうな。お腹の痛みもあるらしい。

22:55

一通りの話を済ませ、妻と新生児室に向かう。ワゴンのようなものに乗って赤ちゃん登場。入院の連絡から13時間、突然の無事産まれましたメールから10時間、ようやくご対面! 語彙力が急速に低下して「かわいいなあ」しか言えなくなる。算数も国語もダメにするとは、赤ちゃんとはなんとかわいいものか。

23:00

ちょっとツンツンつついたりして、時間も時間なので20分ほどで今日の面会はおしまい。ボクの運転で帰路につく。データが古いために能越道の七尾側が途中までしかないカーナビvs通行止めを知らずに七尾ICからどうしても能越道を走らせたいGoogle mapの戦いが勃発する。母では仲裁しきれず、結局帰りも母の運転、ボクがナビになった。助手席でちゃんと助手するの久しぶりだな…。

25:00

ようやく祖母宅に帰還。日付が変わってしまったが、平成最後の8月31日はこれにて終了。おつかれさまでした。

いやあ、びっくりした…。

 

妻の妊娠中のこと2(妊娠後期)

どうもどうも。はてなブログの編集方法と使い慣れぬMacの二重苦のボクです。でもMacは良い。パソコンを触っていて楽しいのは久々な気がするなあ…ということで本編どうぞ。

妊娠後期(8〜10ヶ月/28〜39週)

妊娠後期に入り、もう誰がどう見ても妊婦。しばらく考えていた名前の候補が絞られてカッコカリになったり、里帰りの準備をし始めたり。

8ヶ月頃、運動がてらずっと続けていたパートを退職。お疲れ様でした。

お腹が張るときには処方された張りの薬を服用していた。

この頃に3D/4D超音波なる技術で立体的に胎児が見られるという近未来的な検査をやってもらうものの、そっぽを向いてほとんど映らず。ざんねん。

9ヶ月頃、里帰り出産のため妻実家に戻る。

ボクのところは妹の子供が先に産まれていたので初孫ではなかったが、妻実家は大フィーバー。義父の喜びっぷりときたらもう…危ないから何もさせるな状態。いや多少は運動させないといけないらしいんだが、うーむ。

とはいえ妻実家周辺はコンビニまでも車で5分、最大限に美化しても大変風光明媚なところなので娯楽も何もあったものではない。カレンダー的には7月も半ばで外も暑くて散歩どころではなく、義母の買い物などに付き合って散歩がてらの外出といった程度だったとのこと。

10ヶ月目(36週)突入。いわゆる臨月という時期になり、お腹の中で大暴れ。

お腹がボコボコ動いている動画が撮れたが、それを見ただけで義父は「(感動して)泣きそうやったわ」と後に述懐していた。いやあ、最高の親孝行になったようで、良かった良かった。

37週目、ここからは俗に正産期と呼ぶらしい。

医療用語ではここより前だと早産、ここから先、41週6日までなら正期産、あまり聞かないがそれ以降は過期産とのこと。もういつ産まれてもおかしくない。

ボクもExcelでこの日に産まれる可能性は何%、この日までに産まれる可能性は累積で何%、ここで産まれた場合はこの日とこの日を休んで…などと意味があるようなないような計算をしていた。

今思えばそわそわしていたのかもしれない。いやしてるな、うん。

世間はお盆、ボクは夏の祭りに参加したりしていた。夏の祭りって言ったらアレですよ、年に2回ビッグサイトでやるやつですよ。察しろ。

38週目、受診時にお腹のマッサージ的なことをして貰った後、翌日にかけて陣痛らしきものになりかけるが、この時はそのまま落ち着く。胎盤を刺激して陣痛を促すものらしいが、結構痛いとのこと。

この週に妻実家に帰省。妻の里帰り中の実家にボクが行くことが帰省なのかどうか、日本語の意味的に正しいかわからないが。妻はこの帰省中に産まれることを密かに期待していたようだが叶わず。

元々心配性なところがある妻だが、やはり出産を控えかなり神経質になっていた様子。里帰り終了後、東京に戻った後の話で多少揉めたことを気にしていたようだったが、ボクとしてはお腹越しに頭を蹴られたりして満足して帰る。呑気なものだ。

39週目。40週0日が予定日にあたるので、予定日前の最後の週。

統計的にはここまでに産まれる確率が約50%、予定日以降に産まれる確率が約50%らしい。まあ、そりゃそうだろうな…。

とはいえ、いつ陣痛が始まるかわからないので、仕事をあまりストックしないように、いつでも誰かに投げて向かえるように意識しつつ過ごす。

初産といえば20時間近い長期戦が定番だというし、仕事中に陣痛スタートの連絡が来ても十分間に合うだろうし、夜間なら翌朝出発でも間に合うんじゃないか。間に合えば立ち会って分娩室に入り…なんて話をしていた。

8月30日、受診時にまたお腹のマッサージを受けたとのこと。相変わらず痛いらしいが、先週はこのマッサージのあとに陣痛が来かけたことだし、と密かに期待するも当日中は特に予兆なく。妻実家のあたりは大雨の様子。

 

そして8月31日…出産編に続く!

妻の妊娠中のこと(妊娠中期まで)

どうもどうも。1年も経っていないのによく思い出せなくなってきている自分の記憶力に絶望しながら書いているボクです。色々書きたいネタはあるものの、いちおう子育てブログ的に始めようと思ったからにはここからスタートすべきだろうと。結構真面目なんです。

結婚から妊活開始まで

祖母の代から保育士家系に生まれたボクは生来の子供好きなわけで、結婚に際しても「子供を産む気があるか」を確認するほど。

じゃあ、なんでサクッと子作り…今風にいうと妊活っていうんですかね、しなかったのかというと、アレですよ。東日本大震災。ちょうどボクと妻が極めてケンゼンなお付き合いをさせて頂いている頃に震災がありまして、その年の11月に籍を入れ、翌年4月に式を挙げたわけなんですが、当時は盛んに河川敷の放射線量がどうだの乳幼児への影響がどうだのと言われていた頃でして。その事自体に意見を表明する気はありませんが、ともあれ、出鼻をくじかれたのは確か。騒動が落ち着くまで様子を見ようといううちに時は流れ、猫も増え、愛猫たちとともに幸せに暮らしたのでしたとさ。

いや待て待て。子供が欲しいんだってば!ということで、それらしい本(はじめてのたまごクラブ)を買ってみたり、ようやく妊活スタートと相成ったのです。

妊娠検査薬陽性から妊娠確定まで

とはいえボクも妻も30代半ばになりつつあったので、そう簡単には授けてもらえません。

一年過ぎて、そろそろ検査でもした方がいいのかなあ、なんて考えたりしている頃、元旦に妻から生理が来ていない旨のお知らせ。

何というお年玉いや落ち着け、喜ぶのは妊娠検査薬で陽性が出てからでも遅くないぞ…ということで1月2日にドラッグストアに駆け込み妊娠検査薬を購入→陽性キタコレ!

心の中では小躍りしつつも、まだこの時点では異常妊娠や早期流産の可能性もあるし、今からボクが大喜びしてそうなった時に妻のショックが増大するばかりだろうと思ってグッと我慢の子。隠せるものでもなし、同居の母にだけ検査薬陽性と産婦人科受診を伝える。

ありがとう「はじめてのたまごクラブ」、あやうく親戚中に触れ回るところだったぜ。

妊娠初期(2〜4ヶ月/4〜15週)

ということで妊娠検査薬で陽性も出たことだし、産婦人科が年始の診療を始める1月5日に妻に連れ添って初回の受診(5週)。胚が出来ているのは超音波検査で確認できた。

成長を確認するということで翌週に2回目の受診(6週)。写真の黒い繭のようなものが大きくなってる!

3回目(9週)の受診時に心拍確認、妊娠届を提出するよう医師から指示があり、申請へ。妊娠確定!予定日は9月1日らしい。晴れて母子健康手帳をGET。この時点で妻実家、特に親しい親戚などに報告した。

この時期といえば、ハラヘッタハラヘッタと言って夜中に春雨スープやらミニカップラーメンやらやたらと食べていた印象。これは、空腹時に吐き気を催す「食べづわり」というらしい。

「においつわり」もあり、その日によって感じ方が違うらしいけれど、魚売り場のにおいや洗剤のにおいがキツかったそうだ。3階の部屋にいるのに1階の風呂掃除中のバスマジックリンのにおいがキツいと言った時にはにわかには信じ難かったが、ボクたち男の子が信じるとか信じないとかは関係なく、そういうものなのだ。

他には、入浴後のオエーッ!と歯磨き中のオエーッ!こちらは未だに何だったのかよくわからない「謎つわり」。とはいえ、妻のつわりは比較的軽いものだったらしい。不安に思っていたほどではなかったようで良かった。

しかし、つわりイコール「ウッ!もしかして:妊娠」というイメージしかなかったけれども色々あるんだなあ。ありがとう「はじめてのたまごクラブ」、一年中いつでも書店にて販売中です。

妊娠中期(5〜7ヶ月/16〜27週)

妊娠中期はいわゆる安定期という期間になり、つわりも落ち着き、わりと普通の日常を過ごしていた。

記録によると6回目(23週)の受診までは4週間おき、以降は2週間おきに受診している。婦人科で最初に貰った妊婦健診の紙には「20週までは4週間おき、20週以降は3週間おき、28週以降は2週間おき」と書いてあったが、お腹の張りなどもあってそんなペースだったのかもしれない。

5ヶ月頃から「お腹がポコポコ言ってる。腸が動いてるなあ」とか妻が言っていたが、今から思えばどうやらそれが胎動だったらしい。

6ヶ月頃、傍目にもだいぶ妊婦らしいお腹になってきたように見える。

流石にお腹ポコポコは胎動だろうということになり、動いたと聞くとお腹を触ってみたりしたが、なかなかタイミングよく動いてくれず、ボクの手で胎動を感じるまでにはしばらく時間がかかった。

この頃に区のハローベビー教室なるものがあり、1日目は父親も参加可能ということで夫婦で参加。助産師さんから妊娠出産の流れの講義を受けたり、抱き方・着替え講座、重しをつけての妊婦体験とか。この教室は非常に有益だったので、この手の教室には仕事なんか放り出してでも参加したほうが良い。よく米袋を抱えて生活するようなものだと言われるが、手で抱えるのとはかなり違う。全然起き上がれない。こればかりは体験してみないとわからないので、参加を強くお勧めする。

7ヶ月頃には胎動もタイミングが決まってきて、食中食後や入浴中によく動いていた。

頻尿気味になったり、下腹部の鈍痛・お腹の張りもこの頃から。

確かこの時期の受診時の超音波で男の子だとわかった気がする。日常にあまり変化はないが、性別もわかったことだし、ということでちょいちょいベビーグッズを買ったりし始める。

 

とまあ、駆け足で思い出してみました。細部がなかなか思い出せず、確認に時間がかかるかかる。記録しようと思う方はリアルタイムでやるべきです。

長くなったので、つづきは次の記事で…。

 

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